京都市民読書会についての記事が2015年9月8日(火)の京都新聞に掲載されました。

海外の読書会事情と、日本における(京都における)読書会文化の歴史の二筋を柱にして、インターネットの登場によって読書会は過去のそれとは本質的に変わったものになったということを取材の時にお話したのですが(「読書会2.0」みたいな話です)、あまりに長くてややこしいのでほとんどカットされたようです(当然だ!)。でもそのためにとても京都市民読書会の雰囲気が伝わる素敵な記事になりました。

「一冊の本が生む共同体」という、私が一番伝えたかったことを汲み取って、大文字で書いてくださったことが嬉しかったです。経済的、政治的、そして世代的に分断が深まる現在、一冊の本を共有することを通してコミュニケーションが可能となる場をつくりたいという、私たちの願いがよく表れているフレーズです。ネット時代の文芸共和国respublica litteraria を目指しているなんて言うと大げさですけれど、一冊の本の前では、人間と人間の間にあるいろいろな違いを超えて、平等に肩書きではないその人自身を尊重できる場をこれからも作っていきたいと思います。

素晴らしい記事を書いてくれた(そして京都市民読書会のことをネットの海から見つけてくれた)、京都新聞文化部の阿部秀俊さん、ありがとうございました!


一冊の本が生む共同体

 本を読むという極めて個人的な営みを集団で行うことで、その場限りの共同体が立ち上がる。発起人のゆたかさんは「ウィーンのカフェ文化のように、京都には喫茶店文化がある。プライベートとパブリックの間、一冊の本を媒介にコミュニケーションが生まれる場にしたい」と語る。

 ツイッターやブログを通じて課題図書をは発表し、メールで参加者を募る。互いにニックネームで呼び合い、本名や職業、肩書は知らないまま。特定の人が集う読書会と違い、取り上げられる作品ごとに顔ぶれが変わるのもネットで呼びかけるスタイルならでは。高校生から70代まで毎回20名ほど集まり、半数近くが初参加という。

 先月は、丸善京都本店(京都市中京区)のオープンを記念して、梶井基次郎の「檸檬」を読んだ。遠く佐賀県や徳島県から足を運んだ人もいた。

 「国語の教科書で読んで以来。得も言われぬ感覚に陥った」「檸檬の酸っぱさ、純粋さと、主人公の心の闇とのコントラストが印象的」「精緻な観察力が面白いけれど、息苦しさも感じた」

 はじめに、自己紹介を兼ねて、一言ずつ感想を述べていく。言葉につまる人も多いけれど「そのライブ感が楽しい。他人の反応を見ながら、自分の言葉を確かめたり、見つけ出したりする作業こそが読書会の面白さ」(ゆたかさん)という。

 一通り話し終えると、ページを指定しながら、具体的な文章や表現について意見を出し合う。「丸善は何を象徴していたのか」「ミカンやリンゴではなく、なぜレモンなのだろう」。時に音読を織り交ぜながら、それぞれの読み方を披露する。

 終了後は、参加者有志で丸善の見学に出かけて行った。

(阿部秀俊)


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